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宇宙旅行者の「平凡」な悩みから見えた、 未来体験デザインの心得
かつて、SF作家のフレデリック・ポールは「良いSF小説は、自動車ではなく渋滞を予測できるはずだ」と言い残した。テクノロジーを中心に描かれた未来像は、そこで生活する人々が直面する課題を見過ごしがちだ。言い換えれば、人に焦点を当てることで、テクノロジーがもたらす課題を想定しながら未来の体験をデザインすることが可能になる。
それは、舞台が宇宙になっても変わらない。
プロジェクトチーム。左から:森 “チーニ” 智也(ビジネスデザイン・リード、 IDEO Play Lab)、長福紳太郎(JAXA)、横田未緒(コミュニケーションズ・デザイン・リード, IDEO Tokyo)
2021年10月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)からIDEO Tokyoに1名の職員が1ヶ月の間「越境留学」という形で派遣され、人間中心デザインと宇宙の交点を模索する4週間のプロジェクトが立ち上がった。チームが注目したのは、民間宇宙企業のスペースX社やブルーオリジン社などの快挙によって、昨今ますます現実味を帯びてきている宇宙旅行だ。
これまでの宇宙滞在は、厳しい訓練を受けた宇宙飛行士が特定のミッションを与えられて行くものだった。しかし技術が進歩し、安全性が担保されてより多くの人々が切符を手にするようになると、宇宙での時間の過ごし方の幅は広がるだろう。
人を基点に宇宙旅行の未来を考えることで、これまでの宇宙開発では見えてこなかった課題が見えてくるのではないか——そんな期待をもって、プロジェクトはスタートした。
どうすれば、身体能力、文化的背景や目的に関わらず、だれもが楽しめる宇宙旅行体験をデザインできるだろうか?
未来のユーザージャーニーを考える
IDEOではユーザーに共感しながら体験をつくりあげていく手法を大切にしているが、宇宙旅行の場合はそのユーザーがまだ身近に存在しない。それがチームが直面した最初の課題だった。
そこで、宇宙旅行の未来をできるだけ多角的に思い描くためにも、チームはエキスパートインタビューを実施した。さまざまな分野の専門家の知見を借りながら、体験やサービスのデザインのヒントを得るリサーチ方法だ。
例えば、有人宇宙飛行に携わるエンジニアからは、宇宙飛行士の身体的・精神的な課題について話してもらった。また、体験をつくりあげるプロであるエクスペリエンス・デザイナーからは、旅行中に不快に感じるポイントをあらかじめ特定し、それが記憶に残らないような体験づくりのヒントを教えてもらった。
10人以上のエキスパートの話から見えてきたのは、宇宙にいる時間だけが宇宙旅行ではないということだ。旅行者にとっては、安全面や料金に関する事前リサーチ、家族の説得など、予約する前から体験は始まっている。さらに、地球に帰還したあとは身体のリハビリをしたり、撮影した写真や動画を共有したりなど忙しい。遠足と違って「おうちに帰っても宇宙旅行はまだまだ続く」のである。
エキスパートインタビューを進めながら、チームは宇宙旅行者のユーザージャーニーを描いていった。
未来を「再現」し、体験する
さらに共感力を深めるために、ユーザーの世界に主体的に没入し、直感的にユーザーの体験を理解する方法を考えた。IDEOでは、これをエンパシーエクササイズ(Empathy Exercise)と呼んでいる。プロダクトデザイナーでIDEOの創設者のひとりでもあるビル・モグリッジが言い残したように、「体験を体験する唯一の方法は、それを体験すること(The only way to experience an experience is to experience it)」だからだ。
実際に宇宙旅行を体験することが最高のエンパシーエクササイズになるのだが、残念ながら経費申請が通りそうにない。ならば、自分たちで宇宙旅行を”再現”すれば良い——そう考えたチームは低予算で宇宙旅行者に共感するべく、実際に宇宙旅行で想定される制限を考慮したキャンプを男女四人で計画した。
例えば、食事は宇宙食と同じくお湯で戻すフリーズドライ食だけを用意した。そして、各自が使える水の量は、国際宇宙ステーションの基準と同じく1日3.5Lまでと決め、そこから調理用の水、飲水、体を拭く水をまかなった。
さらに、トイレにも制限を設けた。宇宙船内ではオムツを履いたり、壁についているトイレでほかの乗客がすぐ側にいる中で用を足す必要がある。キャンプ中も小用を足すときは携帯用トイレを使い、大用の際は個室に二人で入り、一人が用を足す間もう一人は壁を向いて待つというスタイルを取った。
各自に与えられた食料や備品。実際の宇宙旅行と同じく、事前に好きなフリーズドライ食品を選んでもらった。
タピオカ用のストローを使ってお粥を食べる、IDEOのデザイナー。これも試行錯誤の上に辿り着いた食べ方だ。
一見お遊びにも見えるが、実際にこの制限の中で丸一日過ごしてみると色々と発見があった。例えば、フリーズドライの食事は初めは新鮮で楽しいけれど、徐々に疲れてしまう。パッケージやジップロックから直接食べる必要があるため、見た目が単調なのはもちろん、とにかく食べにくい。そのため、二食目からはパッケージを切ったり折ったりして、より食べやすい形に工夫するようになった。
トイレの体験も大きな学びだった。普段の生活において、トイレは忙しい日々から自分を分離できるプライベートな空間だ。しかし、他人との隔たりがない閉鎖環境では相手を待たせないように、そして匂いが広がらないように急ぐため、非常にストレスフルな体験になるということがわかった。
未来の体験の「星一つレビュー」を書く
宇宙旅行を一つの体験として捉えた時に見えてきたのは、極めて人間的な課題だった。それらを解決するために、さまざまな業界の知見が求められる。チームは、リサーチの学びをより多くの人々が共感できるカタチで伝える方法を模索した。
旅行の計画を立てる時や宿泊先を選ぶとき、クチコミを参考にする人は多い。では、未来の宇宙旅行客のクチコミを読むことができたらどうだろう?そこで、エキスパートインタビューで培った知見と体験型リサーチで気づいた課題を、未来の宇宙旅行者が残した「星一つレビュー」として書くことにした。
リサーチから生まれた、未来の宇宙旅行サービスの「星一つレビュー」の一部。
これらのクチコミはワクワクする未来像からは見えてこない、より現実的で等身大の宇宙旅行の課題だ。同時に、これらの架空の不満は、より魅力的な宇宙旅行体験をデザインするための発想のタネでもある。宇宙旅行が当たり前になった未来の「平凡な悩み」を想像することで、より望ましい体験を創る準備が整うのだ。
未来をデザインする指針をつくる
課題が見えてきたら、それらを解決する方法を考えたくなる。しかし、いきなり解決策に飛びつこうとするとどうしても技術に焦点が行きがちになり、ユーザーの視点を見失うことがある。
IDEOでは、リサーチやプロトタイプを通じて得た学びや、デザインを進める上で注意してきた視点を、プロジェクトが終わった後も継続して資産として残るように「デザイン指針(Design Principles)」として残している。
例えば、前述のエクスペリエンス・デザイナーは、宇宙船という閉鎖環境の中でも、乗客が必要なサポートをいつでも得られる心理的安全性の確保の大切さについて教えてくれた。閉鎖環境でグループで時間を過ごす宇宙旅行では、お互いに心を許しながら思う存分楽しめる関係性を築くことが大切になる。
また、元JAXA宇宙飛行士の山崎直子さんからは、各旅行客の体験をより思い出深いものにするために、創造性の余白を残す大切さを学んだ。重力もルールもない宇宙は、自分が地上で培った価値観をリセットして新しい常識をデザインできる遊び場だ。全てのコンテンツをあらかじめ用意するのではなく、旅行者が自分なりの楽しみ方を実験できる余白を残すことが、より思い出深い体験につながるだろう。
「宇宙で暇な1日があったら、モノづくりをしたいですね。結晶をつくったり、シャボン玉に色をつけたり、強い紫外線を活用してアート作品をつくったり。無重力での実験のアイデアは無限に出てきます」—山崎直子さん
ほかにも、旅行に向けた身体作りの視点や、インクルーシヴな船内環境をデザインする視点など、合計で5つのデザイン指針が生まれた。これからチームが具体的なコンセプトをつくっていく段階に入っても、このデザイン指針を念頭に考えることで、常に人の視点を意識した宇宙旅行の未来を描いていくことができるだろう。
昨今、不確実な世の中を生き抜こうと、あらゆる業界で未来を描くプロジェクトが進んでいる。しかし、どんな遠い未来でも体験の主人公は人だ。テクノロジーが発展した先にも、課題は常に存在することを忘れてはいけない。
未来を考える時は輝かしいことばかりではなく、そこに住む人々の生活を想像してみよう。そしてちょっとした創造力と遊び心を持って、その未来を「体験」してみよう。
より良い未来をつくるヒントは、意外にも平凡な悩みに隠れているかもしれない。
IDEOのデザイナーとJAXAのエンジニアが考えた、「人に焦点を当てた」宇宙旅行の未来をまとめたウェブサイトはこちらから。
Tomoya Mori
Business Design Lead, Play Lab
Tomoya is a business designer at IDEO Play Lab, where he works at the intersection of technology, science and business design. He is constantly looking out for hidden connections between seemingly unrelated subjects, and strives to turn them into viable and impactful innovation—be it new business models, experiences or brand strategies.
Rhianna Davies
Visual Communications Designer, Tokyo
Rhianna is a Visual Communications Designer at IDEO Tokyo. Her work focuses on using systematic storytelling to bring concepts to life through graphic design. She strives to create design languages that have strong roots in research, empathy and understanding.