Big QuestionsOur work related to complex challenges.

The Challenge

起業家と共に歩み、最初の製品開発、起業に向けたベンチャー戦略策定までを支援。

The OUTCOME

障がいの有無に関わらず乳幼児が家の中でも外でも最大限の生活体験をすることを可能にする、画期的なポータブルチェアが誕生。それに伴うブランドガイドラインの策定、ロゴ、プロモーションアイテムのデザイン。

大手自動車メーカーで商品企画に携わっていた松本友理さんの長男は、脳性麻痺という障がいを持って生まれてきました。

障がい児を育てる中で、友理さんが気づいたこと。それは、今の日本社会は、障がいの有無によって子どもたちの生活、学び、遊びの場が隔てられており、日常的に使うベビー用品においても、「障がい児専用」と「健常児だけを対象にしたもの」に分かれているということでした。

その結果、子どもたちの成長と共に社会の隔たりが深まっていく社会のあり方を、「ものづくりの力」で変えたい。その気持ちが原点となり、まず最初に友理さんが着目したのが「イス」でした。息子の日常生活の中で欠かせない、座位保持の機能に特化した障がい児専用のイス。障がいの有無に関わらず使えるような、新しいコンセプトのイスを作りたい、という熱意が、このプロジェクトの出発点となりました。

創業者の松本 友理さんと長男

この構想を形にするパートナーは、作り手の主観や、「どんな世の中をつくっていきたいのか」を重視する「人間中心のデザインアプローチ」のプロフェッショナルであるIDEOしかいない。そんな想いでIDEO Tokyoを訪れた友理さんは、デザイナーたちに考えを話しました。IDEOのデザイナーたちは彼女の想いに深く共感し、さらなる話し合いを重ねたのち、一緒にプロジェクトに取り組むことを決意。本格的な協業が始まりました。

4週間の短いプロジェクトが始まり、インダストリアルデザイナーとデザインリサーチャーはまず、デザインリサーチに着手。障がいを持つ子どもたちにインタビューを行うほか、彼らの家族とともに1日を過ごしました。すると調査を始めてすぐ、既存の補助椅子は家の中での食事や勉強の際には必要十分に機能しているものの、使う家族の気持ちは満たされていないことが分かってきました。

障がいを抱える子どもがいる家庭で行ったデザインリサーチの様子

それは、障がいを抱える子どもの家族がレストランや公園、友達の家など、家庭の外で活動する時に直面する困難によるものでした。補助椅子は室内での利用を前提に作られており、障がいを抱える子どもが家の外で座位を保つための選択肢がないため、健常者の子どもたちが当たり前のように経験することを同じように体験できないのです。こうしたギャップを埋める工夫として、空いた牛乳パックで持ち歩ける補助椅子を作っているご家族もいました。コンパクトかつ軽量で、どんなシーンでも必要なサポートを提供できるポータブルチェアが必要とされていたことは明らかでした。

「今、この製品が必要です。息子を妹と一緒にレストランに連れて行けるなんて、夢のようです。」 -脳性まひを抱える子どもを持つ母親

子どもたちやその家族と一緒にプロトタイプをテストしている様子

デザイン開発のフェーズになり、リサーチで得た気づきをベースに生まれたアイデアは100以上にも及びます。そこから幾つかのアイデアをプロトタイプ化しながら、ユーザーフィードバックを得ることで商品を改善していきました。このプロセスで意識したのは、いわゆる「障がい児向け」ではなく、「障がい児も使える」デザインとすること。そのため、障がいのある子どもや親に限らず、健常児とその家族からもフィードバックを得ながら進めました。そこで行き着いたのは、利用する子どもに安心感と座り心地を提供する機能性と、親が外に持ち出しやすい形状や見た目とを両立したデザインです。

何度も試行錯誤を重ねる中で生まれた数多くのプロトタイプ

また、今回のデザインプロセスでは、ユーザーリサーチと並行して、理学療法士や義肢装具士などの専門家にも話を聞き、人間工学的な要件についても理解を深めました。そこから分かったのは、専門家のさまざまなアドバイスを全て反映しようとすると、椅子自体が極めて複雑なものになってしまうということ。一方で、私たちが障がいを持つ子どもたちの家族から学んだことは、「持ち出す」ことが前提のポータブルチェアに完璧な機能性やサポートは必要なく、「ちょうどいい」サポートと安心感が必要とされているということでした。そこで、機能を必要なものに絞ることに取り組み、人間工学・コスト・重量・サイズ・美しさのバランスを取りながらも、子どもたちとその保護者に気持ちに寄り添った、最も適切なソリューションを提供する方向性が固まりました。

製品デザインの大枠が決まり、次に取り組んだのはブランディングです。特性のある製品と世界観を体現するために、IDEO Tokyoのメンバーは友理さんと共に、ブランドのネーミングを開発。コミュニケーション・デザイナーは「IKOU」ブランドを生み出しました。IKOUは、「行こう」と「憩う」の2つの意味が込められており、友理さんのブランドに対するビジョンを言語化し、ビジュアル化する過程を経て生まれたブランドです。デザイナーたちはロゴのイラストレーションから、ブランドガイドラインの策定、イラストやパンフレットの作成などをサポートしました。これにより、IKOUが製品そのものの魅力や価値をビジュアルで伝えることに大きく貢献。障がい者向け製品への偏見をなくし、子どもたちの冒険と発見を促すブランドの構築につながりました。

「IKOU」のブランディングワークの様子

さらにIDEO Tokyoは、友理さんのビジネス戦略策定にも関わり、ベンチャーとしての持続可能性や拡大戦略、製品ロードマップの検討などを支援しました。厳しい市場で友理さんの想いが詰まったプロダクトを届けるには、企業として事業を継続できることが必須条件です。プロダクトをローンチするだけでなく、ビジネス戦略という視点の持ち方について、IDEOのビジネスデザイナーたちが指南しました。

IDEOとの協業を通して友理さんは起業を決意し、株式会社Haluを創業しました。その後、ビジネス戦略やブランドコンセプトを深め、IDEO Tokyoとパートナーシップ関係にあるベンチャーキャピタルファンドであるD4Vを始め、複数のベンチャーキャピタルからシードラウンドのファンドレイズに成功しています。この継続的な関係を通じて、IDEO Tokyoはポータブルチェアのエンジニアリングと製造に協力し続けており、今年4月に製品が発売されることを嬉しく思っています。

障がいの有無に関わらず、家族の行動範囲を広げる「IKOU ポータブルチェア」

株式会社Halu 創業者・代表取締役 松本友理様のコメント:

IDEOのデザイナーたちとのコラボレーションから得た成果は、プロダクトのデザインだけではありません。ゼロから新しいものを生み出すためのユーザーリサーチ、身の回りにあるものでコンセプトをクイックに形にするプロトタイピングなど、大企業でのものづくりとは異なるアプローチをプロジェクトの一員として実践しながら理解できたことは、私にとってそれまでの価値観をアップデートする絶好の機会となりました。

何よりも大きかったのは、起業を決意する上で欠かせなかった”creative confidence”(創造性に対する自信)が自分の中に芽生えたことかもしれません。

IDEOやD4Vをはじめ、多くの人たちの支えによって完成したIKOUポータブルチェアを「インクルージョンの象徴」として多くの場所に広め、異なるニーズを持つ子どもたちやその家族が自然と交わる機会を増やすことで、もっと多様でインクルーシブな社会を実現することに貢献していきます。」

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このプロジェクトは、IDEO Tokyoによる「Underdesigned」という新しいイニシアチブの一部として行われました。これは、IDEO Tokyoのデザイナーたちが、十分なサービスを受けていないコミュニティ、十分にデザインが考慮されていない製品分野、タブーとされているトピックなどの難しい問題に対して、デザインの力を用いアプローチする取り組みです。他のプロジェクトとしては、コロナ禍での長時間のシフト勤務を行うICUスタッフのために、病院外の世界との繋がりを持てるようなソリューションを開発しました。

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