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花をいかすこと、アイデアをいかすこと

Apr 18, 2022 WORDS BY Lei Takase

花をいけるとき、心が躍る瞬間が2回ある。1回目は蕾がきれいに開いたとき。2回目はその花がきれいに枯れたとき。

いけばなをはじめてみて

アメリカのビジネススクールに在学中、キャンパスから通える三味線・琴・いけばなの教室の中からいけばなを選んだのは、単純にやってて一番ワクワクしたからだ。教室でいけた花をそのまま持って帰ることはできないので、一度分解して、家でいけなおす。教室で感じたワクワクを家でまた感じることができ、それをルームメイトと共有できることも継続につながった。

いけばなでは、花をいける過程を大切にしている。花との向き合い方を自分なりに掴んでいくことが、花、そして自分を引き出すことにつながる。ビジネスデザイナーとしてIDEOで実践してきたデザイン思考も、アイデアを作り込む過程から学ぶことが多い。一つ一つの行為やその意図についても考える機会が増え、いけばなとデザイン思考に意外と共通点が多いことに気づいた。そしてどちらも、ビジネスの現場での私の視野を広げてくれている。

アメリカのビジネススクールに在学中、クラスメイトに日本の文化を紹介する機会が自然と増え、日本の伝統文化に直接触れてみたいと思うようになり、いけばなを習い始めた。

制約によって発展させる

いけばなを習い始めて一番驚いたのは、切ることが意外にも怖いということ。花の輪郭や枝の美しさ、「線」や「余白」を際立たせるために、小枝や葉を切り落とす。でも、一度切ったら後戻りができない。繊細さのなかに、結構、勇気と大胆さがいる。

「きれいだからもったいない」と思って切ることを躊躇していると、その迷いは作品に如実にあらわれる。いけばなはとても正直なのだ。逆に思い切って切ってみたはいいものの、短く切りすぎて失敗したと思うことも。でも、今度はその花材を活かすいけ方を探せばいい。花器を変えてみたり、あわせる花材を変えてみたり、やり方はいくらでもある。「切ってしまった」ことで自由度が減り、使いづらいと思うかもしれない。だが、逆にみえてくることもある。

桜の切れ端を添えてみたら表現の幅が広がった。

花材による制約はIDEOでいうCreative Constraint(クリエイティブ・コンストレイント:制約がクリエイティビティを高めるという考え方)だ。制約はクリエイティビティを阻むバリアと思われがちだが、クリエイティブ・コンストレイントは一歩、半歩踏み出すための方向性を示すディレクションであり、むしろ、試行錯誤を促し、とことん考えさせる動力だ。IDEOではあえてクリエイティブ・コンストレイントを使ってアイデアをブレストすることがある。例えば「明日から◯◯が消えたら」、「子供しかいない世界だったら」という制約を作ってアイデアをブレストする。

流派によっての違いはあるが、いけばなでは基本の「型」を学んだ後、「自由花」を実践していく。でも、いきなり自由と言われてもどこから手を付ければいいか分からない。だから、テーマを決める(線を極める、色を対比させる)。場所を考える(自宅の玄関、ホテルのロビー)。主役を決める(ひまわり、南天)。制約を課すことで表現の幅を思案する。

ビジネスデザイナーは、市場規模や予算など、ビジネス上の制約で外枠を作ってアイデアをフィルターしていく役割だと思われがちだが、IDEOでは制約を一つの支点として扱い、アイデアを発展させようとする。いまのアイデアのままではユーザーが限られ、市場規模が小さすぎる。だったら購入単価をあげる工夫はできないか、サービスの使用頻度を増やせないかなどの問いかけでアイデアの可能性をチームと巡る。言うは易しでなかなか上手くいかないことも多いが、制約とどう付き合うかが大事なのであり、自分にとって大きなマインドシフトだった。

作り手として責任、作り手としての主観を持つ

花は切り花になった瞬間からカウントダウンがはじまってしまう。だからこそ、その花が「いきる」姿を探すために、花の声に寄り添いたい。心を無にして花と対峙し、そこから見えてきたことを表現する。花との向き合いがいけばなの出発点だ。

花道家の上野雄次さんの花いけ教室に参加したとき、「いけばなはアート性が高い。それは作り手の主観が入るから」と話していたのが印象的だった。テーブルに飾って360度あらゆる方向から楽しめるフラワーアレンジメントに対して、床の間から発展したいけばなは見る人の目線が自然と限定される*。対峙する人に対して花の顔をどう設定するか。床の間という小さな舞台でどんな世界観を作るか。器に張った水や差し込む光でその世界観をどう演出するかを意識する分、作り手の意思が大事になるとのこと。

花材に、作り手の意思、主観が融合することで一つの作品ができる。だから、同じ花材を扱っていても、作り手の花の声の解釈によって表現は変わる。そこに個性がにじみ出て、自分らしさが「いきる」。

IDEOでのプロジェクト風景。それぞれの主観をお互いに交換し合う。

デザイン思考の基本は「人間中心」であること。いかにユーザーに寄り添い、核心を引き出す問いを立てられるかが大事になってくる。そこに聞き手の意思は入らないと思われがちだが、IDEOではあらゆる場面で個人の主観が求められる。ユーザーがなぜその言動をしたのかを想像したり、直感的に感じたことを持ち寄り、対話をすることで、多角的にユーザーの声を振り返る。同じインタビューを見聞きしてても人によって捉え方は違うし、大事だと思うポイントも人それぞれ。だから、同じテーマでも、チームによってインサイトやそこから生まれるアイデアが変わってくる。IDEOでいう「人間中心」とはユーザーに限ったことではない。ユーザーから得たインサイトに自らの意思をかけあわせてデザインしていく。

ビジネスの現場では客観性が重視されがちだ。具体性のあるロジックは多くの人に理解されやすい。でも、いけばなを習いはじめて、IDEOでの仕事をはじめて、その場その場で感じた直感や曖昧な主観をもっと大事にしたいと思うようになった。未発達で感覚的でもいいから、人に伝えることでそれが誰かの思考のヒントになるかもしれないし、言語化する過程で新しい気付きが得られるかもしれない。「なぜか」はわからないけど、「何か」を感じた自分の直感を大事にしたい。

*建築や生活様式の西洋化でいけばなも多方面から見られることを意識するようになっている。

ありかなしかなら、ありを選ぶ

桜は折ってもよい。これはれっきとした折り溜めという技法だ。ハランやニューサイランは水中に沈めてもよい。葉が丈夫なので数日水に浸かっていても雑菌が繁殖するリスクが少ない。ガラスの花器を使ってハランを水中にいけると鮮やかな緑が生える。

「これはありですか?」と先生に聞くと大抵力強い「あり!」が返ってくる。それでも花材の性質上、やらない方がいいことはあるし、まだ知らないこの世界の暗黙のルールがあるのではとつい考え込んでしまうときがある。そんなときは、ありの前提で、思うがままにいける。結果的になしだったとしても、それは学びになる。

異質な素材を用いることもある。時節柄、マスクを使っていけてみた。

「プロトタイプしよう」。IDEOではよく聞く言葉だ。プロジェクト中、これでもかというくらいたくさんのプロトタイプを作る。そして、それは商品・サービスに限ったことではない。仕事のやり方もよくプロトタイプする。Zoom疲れから、何か別の方法はないかとオンライン会議ツールのAroundやSlack Huddleを利用してチーム会議をしてみたり。クライアントに自己紹介アクティビティとしてTIKTOK動画を作らせたり。全社で年間のプロジェクト全ての振り返りをするポートフォリオレビューという会で夏フェスをテーマに「音」でそれぞれのプロジェクトを表現してみたり。好評で続くものもあれば「そんなこともやったね」とあっさり消えるものもある(大半が後者だ)。

「プロトタイプ」と言うと気が楽になる。完璧・完成ではない前提だから、気軽に試してみようと思える。最初から正解を弾き出そうとするとみえる世界が偏ったり、仕事の進め方も慣れた手法にデフォルトしがちだが、プロトタイプのマインドセットでいると柔軟になり、幅が広がる。上手くいかなかったら、すぐやめればいい。IDEOもありかなしかだったら、ありを選ぶ。

絵本、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン、彫刻など様々な分野で活躍したイタリアのデザイナーのブルーノ・ムナーリ。日本のいけばなや盆栽にインスピレーションを受けて、彼は身の回りのもので花を楽しんでいたらしい。じゃがいもを剣山に見立てて花や小枝を刺す発想はありかなしか。

出典:『UN FIORE CON AMORE』ブルーノ・ムナーリ

変わり続けるから、学び続けられる

いけばなを習いはじめて、IDEOでの仕事をはじめて、物事への向き合い方が変わったように思う。花は、一度いけて終わりではない。次の日、そしてその次の日と、花の状態に合わせて、いけなおし、かたちを変えていく。アイデアも、商品やサービスとして市場に出て完成ではない。ユーザーの声を取り入れながら進化し続けなければ、いつか置いていかれる。

花もアイデアも「生きている」。変化するたびに学びがある。そして、さまざまな花とアイデアと対峙することで、私自身も変わっていく。デザイナーとして、人として、どのように変容していくのか、これからもその過程を楽しみたい。

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