◀︎ BLOG

大学生のクリエイティブ・コンフィデンスを6週間で「ぶち上げる」

Jul 27, 2022 WORDS BY Daisuke Yukita

僕たちの日常は問題にあふれている。悪化する国際情勢から、数日前に僕のウェットスーツに突如空いた穴まで、事の大小問わず、問題ばかりである。そういった問題を、自らの手で解決していく志と技能を育むことが、本来の教育の目的であると思う。現に、多くの教育機関のビジョンステートメントには、課題の発見および解決能力の育成という趣旨が多種多様な文言で書かれている。しかし、実際に率先して課題解決に向けて動く人材になるために欠かせないと思うスキルが一つある。それは、「プロトタイピング力」である。

「プロトタイピング力」とは、大きく分けて2つある。それは、その課題を解決する上での「WHAT(何を作るべきか)」と「HOW(どう作るか)」である。この2つを両方使いこなし、自ら解決策を試作できるようになった時、自己効力感(Self Efficacy)が「ぶち上がる」のである。そんな自己効力感のマインドセットについて書かれているのがクリエイティブ・コンフィデンス(日本語版ではクリエイティブ・マインドセット)だ。クリエイティブ・コンフィデンスに満ちた個人はどのような課題に直面しようと、自らの創造力とモノづくりの技術で何らかの解決策を提供できると確信し嬉々としてアクションを起こすことができる。それこそがデザインの持つ力であり、これからの時代に不可欠な能力だ。

理系も文系も、言い訳のできない時代

これまで数多くの中学、高校、大学でデザイン思考を教えてきた中で一つ問題に感じるのは、多くの学校で「WHAT」と「HOW」を分けて考えてしまっていることである。文系の学校の場合「WHAT」の議論には熱を入れるが、文系だからという言い訳をしてなかなか「HOW」に触れようとしない。理系や工学系の場合は、「HOW」のトレーニングは積むが「WHAT」は別の誰かの仕事と考えている。しかし、ECサイトを誰もが数分で立ち上げることができ、アプリだってスプレッドシート一つでノーコードで作れて、どんなノウハウもYoutubeを通して無料で学べる昨今において、理系だ文系だ、はもはや言い訳にはならない。思いついたアイディアを、誰かに作ってもらうのを待つのではなく、自らの手でプロトタイプするマインドセット、それこそが現代の教育の目指すべき姿だ。

そのために必要なのは、なるべく早い段階から、小さい成功体験を積み上げることだ。最初からSDGsのような巨大な社会課題に挑むのではなく、まずは目の前にいるたった一人の誰かのために「最高の贈り物を届ける」だけ。そのくらいライトな捉え方でデザインを行うことが大切である。成城大学のキャリアセンターから「デザイン思考をベースとした授業をやってもらえないか」というお誘いを頂いたのは、そんなことを考えている最中だった。

DESIGN THINKING LABの様子

DESIGN THINKING LABという6週間の実験

「DESIGN THINKING LAB―モノづくりを通して、世界の見方を変えるー」というタイトルの元に実施することとなった6週間の授業では、「どのようにして、コロナ対策下のキャンパスライフをより一層楽しくできるだろうか?」をテーマに約20人の有志の学生たちに課題を発見し、解決策を考え、プロトタイプを作り、それを学内で実装してもらった。デザイン思考のいわゆる5つのステップのようなビジネスライクなフォーマットでは学生たちはすぐにそっぽを向いてしまうため、あくまでも「たった一人の同級生のための最高の贈り物」を作るための6週間であることを強調した。

その結果、僕がこれまで行ってきた数々の授業の中でも格別に素晴らしいアウトプットが文系の学生たちの手から次々と作り出されていった。中でも、食堂の券売機の見づらさに嫌気が刺したとある3年生の学生が、より見やすいデザインのラベルを作り勝手に券売機に貼り付けた結果、食堂スタッフに大ウケし、成城大学の公式のインスタグラムアカウントにも取り上げられ、公式運用されたケースには度肝を抜かれた。これこそが、本当の意味での課題の発見および解決能力であり、小さくも大きな成功体験なのである。

学生が制作した券売機のラベルの上に、更に食堂スタッフが色分けを施した

言葉の議論に逃げない、プロトタイプは現場に持っていく

今回の6週間の授業を設計する上で特に意識したことは2つある。まず一つは、言葉の議論に逃げないことである。大企業の役員であろうと、メーカーのエンジニアであろうと、大学生であろうと、得てしてヒトは抽象的な言葉の議論が大好きな生き物である。脳内で妄想を膨らませてるときは楽しいし、言葉の定義の議論などは夜な夜な続いてしまう。しかし、具体的な解決策を実装しよう、という時には、決して言葉に逃げてはいけない。描いて、作って、見せて、頭の中にふわふわしたイメージに残酷なほどに具体的な形を授けないといけないのである。これを習慣付けるトレーニングを積んだ人は、世界中どこに行っても必ず事を成すことができる。

プロトタイプを制作する学生

もう一つ意識したのは、作成したプロトタイプを、少し無茶をしてでもゲリラ的に現場に実装してみる、ということである。せっかくプロトタイプを作っても、それが机の上に置いてあっては無価値だ。券売機の例のように、正規のルートで許可をとらなくても勝手にやってしまうことで、却って早く受け入れられることは往々にしてある。今回の授業では、他にもゴミ箱の見つけづらさを解消するためにゴミ箱アイコンを各所に貼り付けてみたり、殺風景な部室棟の至るところに可愛いキャラクターのイラストを張り巡らしたり等というアウトプットがあった。IDEOではマントラのように「Don’t ask for permission, ask for forgiveness (許可をもらうな、許しを乞え)」というが、大学生であっても少し背中を押せば意気揚々とそれをやってのけた。(当然、裏で大学の事務局の方々のサポートは沢山あったのだと思い、最後まで献身的にサポートしてくださった姿勢には頭が上がらない。)

学校の各所に貼ってみたゴミ箱のアイコン

もちろん、今回の授業のやり方が完成形だとは全く思っていないし、6週間という期間が十分だったとも思っていない。ましてや、今年の5月に経済産業省が出した「未来人材ビジョン」レポートにあるように、こうした探究的な授業には我々のような企業がどんどん参画していくべきにも関わらず、現段階では企業側の水準にあった予算を学校側が捻出できている訳でもない。まだまだ課題はあるが、それでも、たったの6週間でも、美大生でなくても、デザインというツールを通して学生たちのクリエイティブ・コンフィデンスを(少しは)ぶち上げることができたという事実は、これからの教育のあり方の一つの取っ掛かりを作れたと思う。

  • Interaction Design Lead, Tokyo

    Dice is an interaction design lead at IDEO Tokyo. He is passionate about designing playful user experiences and unleashing creativity out of people through the act of making.

    当ウェブサイトは、ウェブブラウジングの体験向上のためにクッキーを利用しています。
    クッキーに関するポリシーについてより詳しくお知りになりたい方は こちらからご覧いただけます。