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Public Digital & IDEO - 世界の事例に学ぶ大組織のデジタル変革に必要なこと

Nov 25, 2022

2022年8月、博報堂DYホールディングスのkyuグループに所属するIDEOとPublic Digitalでトークイベント「Public Digital x IDEO - 世界の事例に学ぶ大組織のデジタル変革に必要なこと」を開催し、日本の市場における企業のデジタル変革について話しました。Public Digitalから創業者の一人であるアンドリュー・グリーンウェイ(Andrew Greenway)氏が参加。また、IDEOと協業し「JR東日本公式アプリ」を開発し、現在も自社のデジタル変革に取り組むJR東日本の小野由樹子氏と松本貴之氏を招き、IDEO Tokyoの田仲薫を交えて日本の大企業がデジタル変革に取り組むことについて意見を交わしました。

自社でデジタル変革に取り組むことの重要性 - 組織内から勢いを生む

グリーンウェイ氏は、世界でも先進的な政府組織のデジタル変革の事例として知られる、英国政府のGovernment Digital Service(GDS)の立ち上げ期をリードした経験を持ちます。その後、同プロジェクトをリードした4人でPublic Digitalを創業し、ロンドンを拠点に世界各地でプロジェクトを手掛け、ペルーではIDEOと協業しています。

グリーンウェイ氏がまず強調したのが、デジタル・トランスフォーメーション(以下、DX)は小規模でも良いので、自らがオーナーシップをとってやることについてでした。北米のレンタカーブランドHertzが*ウェブデザインのリニューアルを何十億円もかけて外部委託したにも関わらず世に出なかったケースに触れて、「巨額を投じて詳しい人間に発注することが最適だとは言えない。小さい進捗でも良いので、失敗も含めて自ら学びながら実践していくことが必要だ」と内部のチームを育てていくことの重要性について話されました。

左からJR東日本 松本氏、小野氏、Public Digital グリーンウェイ氏、IDEO 田仲

そして、Public Digitalの事例を踏まえながら、日本の民間企業がデジタル変革に取り組む際のヒントをお話いただきました。グリーンウェイ氏は「デジタル変革の成功は、取り組む仕事を変えることではなく、仕事への取り組み方を変えることにある」と強調します。デジタル変革は単にテクノロジーを取り入れることと捉えられがちですが、新しい働き方の導入なしでテクノロジーを導入することはコストがかかり、リスクも高いと警鐘を鳴らします。必要とされるのは「インターネット時代の働き方」を考慮し、組織文化、プロセス、ビジネスモデル、テクノロジーを活用して、人々の高まる期待値に答え続ける姿勢です。このデジタル変革に自社で取り組むことで、自社に知見が貯まります。そしてビジネス価値を高めることで、顧客のより高い期待に答え、他者との競争に勝ち、世界的な名声を勝ち取ることができます。

こうしたデジタル変革に取り組む際に重要となるのが、組織内の「モメンタム(勢い)」です。このモメンタムを生むためには、以下の5つの点が重要と言います。

  1. デジタル人材だけでないチームを組成すること

  2. 顧客のニーズに徹底的にフォーカスすること

  3. 小さい取り組みを行い、失敗から学び、早く価値を届けること

  4. シニアリーダーを巻き込むこと

  5. 最も意味のあるプロダクトやサービスから変えていくこと

グリーンウェイ氏は最後に、「ただテクノロジーに投資するのはやめましょう。働き方の変革に投資することが本当の価値を生みます。チーム、サービス、デザインを考え直すことが重要です」と話しました。

日本語版が発売となったPublic Digitalの書籍

日本の大企業が取り組むデジタル変革とそのポイント

IDEO Tokyo シニア・デザイン・ディレクターの田仲は、JR東日本、Rakuten、TEPCOなど様々な業界のクライアントでデジタルサービスのローンチに携わってきました。それらの経験から3つの点について触れていました。

トランスフォーメーションを始める前に - Lead with a purpose 

DXはその名の通り変革です。何のために組織を変える必要があるのか、その目標を明確に持つこと。そしてその際に重要になるのが組織のPurposeです。デジタルの力を使いながら、世の中にどのような変化を届けたいのか?それをチームや経営層で議論することが求められます。そのようなケースで使えるツールとして、IDEOが開発したPurpose Wheelを紹介し、「デジタルを何のために活用するのかについてプロジェクトの最初に話し合うことで、デジタル化自体をゴールにしてしまうことも避けられます」と伝えました。

Purpose Wheelのワークシート

トランスフォーメーションをカタチに -  Make change tangible.  

デジタルの力と恩恵を感じてもらうためには、小規模でも素早く世に出していくことが効果的です。IDEOではそれを「ビーコン(灯台)」プロジェクトと呼んでいます。小規模でも実際に商品やサービスとして世に出すことで、実際にユーザーや社員にその価値を体感してもらうことができます。例として、IDEOとPublic Digitalが協働し15種類の新規デジタルサービスを「ビーコン」として世に出した、ペルーのIntercorp社の例について説明しました。

トランスフォーメーションはまず自分から - Driven by learning. 

DXにおいて、教育は重要です。これについて否定する人は少ないと思います。ただ、本当に重要なのは「一緒に学び合える」環境と文化の構築であり、教育を提供することだけではないと強調しました。例えば、前述したペルーのIntercorpでは、オンライン・ラーニングのプラットフォームを開発したのですが、その際に重要だったのはデジタルスキルの継続的な習得の場を提供するだけでなく、本人の目指したいキャリアデザインを設定し、それに基づいて学べることです。同じキャリアゴールを目指す者同士であれば、協力しながら学ぶことができます。また、同社では部署横断で学べるように風土を変えるための改革にも着手したそうです。そして、最も大切だったのがリーダーシップ層が学ぶことでした。経営層や中間管理職のメンバーが、良いデジタルプロダクトの良し悪しを理解できるようになったり、DXの真意などに理解だけでなく共感することも大切です。

パーパスとビーコンを通じて組織を変革に導く

「JR東日本アプリ」- 強いデジタルチームを社内につくる

JR東日本の小野氏と松本氏は、2022年6月に新しく新設されたマーケティング本部に所属されています。今回のトークでも触れられた「JR東日本アプリ」を担当しているMaaSユニットなどもこの新設のチームに所属しています。開発当時はアプリ開発を担当されていたお二人ですが、現在小野氏は、この新設部のデータマーケティングユニットに、松本氏は戦略・CXユニットにそれぞれご異動されています。この度の組織改編により、以前よりも部門横断的にカスタマーエクスペリエンスを見やすくなったことが大きな変化だそうです。

松本氏からはIDEOと一緒に実施した「JR東日本アプリ」のリニューアルについてお話頂きました。2014年に登場した「JR東日本アプリ」は現在ダウンロード数600万件を超える人気サービスになっていますが、当初は次々に機能を盛り込んだ結果、構造が複雑になり、UI/UXの視点や性能面などで課題がありました。そこで2016年の年末からIDEOと9週間のプロジェクトが実施され、現行バージョンのJR東日本アプリにつながる原型が生まれました。IDEOから、そのコンセプトをきちんと実現するための開発パートナーとしてPivotal Labs(現・VMware Tanzu Labs)を紹介された松本氏は、Pivotalから「我々はプロダクトを開発するだけでなはい。開発チームを育てるための仕事もします」と言われ、上司を説得し、2017年夏頃から社内のメンバーと社外のデザイナー、ディベロッパーを連れて、Pivotal Labsに半年間常駐しβ版の開発に取り組みました。ここから生まれた内製開発チームの活躍もあり、2017年12月にβ版である「Go by Train」をローンチ。開発チームは、このβ版での学びを反映しながら2019年4月に、JR東日本アプリの大規模リニューアルを実施しました。

現在までに650万件以上のダウンロードを記録する「JR東日本アプリ」

外部に開発の全てを頼るのではなく、β版を実際にリリースすることで、内製チームが学びながら成長し、結果的に強いデジタルチームを社内に作ることに成功された貴重なケースです。また、松本さんはIDEO、Pivotal Labs両方のプロジェクトにおいて、必ず当時の上司であった小野さんをプロセスに巻き込み、理解を得ながら進めていったことが特徴です。小野さんも、その必要性を感じて役員の方を巻き込んでいったそうです。「役員のメンバーも常駐先に連れて行って、一緒に休憩時間に卓球したりして文化も感じ取ってもらいました」。常駐先からJR東日本に戻った際には、チームで作業を継続する必要性を感じた小野さんが当時倉庫だった部屋をプロジェクトルームにしてくれたそうです。「当初は、みんな自分の机に戻って週一の定例会議スタイルに戻るのかなと思っていたのですが、上司の小野の計らいもあり、開発チームが毎日同じ場所で一緒に作業を継続できたのが大きかったです。その後倉庫が使えなくなり、休憩室の一部を使って作業したりという時期もあったのですが(笑)最終的には会議室を割り当ててもらえました。まさに徐々に成長していった感じがしましたね」と、リーダーシップ層を含めてチームが一緒に時間を共にしていくことの重要性を松本氏は伝えました。 

JR東日本アプリ、リリースの瞬間

質問セッション

JR東日本の小野氏からは、今回のリニューアルプロジェクトが成功した背景には、上司・役員の方々のサポートと、彼らがたまたまデジタルリテラシーもあり、理解があったことが挙げられた。その上で、DXを進める上で上司や経営層を巻き込んでいくためのコツなどについてグリーンウェイ氏に向けて質問がありました。

グリーンウェイ氏からは、

  • 小さくても進捗や雰囲気が体感できるプロジェクト専用の部屋があったこと。

  • 作業が行われている現場に上司を連れて行ったこと。

  • 新しいサービスをローンチしたこともそうだが、従来のアプリを残さずに削除したこと。

などが重要な点だと指摘されました。

「上司の巻き込みに大切なのは、彼らにこちらの現場に来てもらうこと。会議室のレポートで理解できたと彼らが思っていたとしても、実際に作業をしている現場にきて見てもらい、体感しないといけません。多くの人々は、現場から離れて長いので。その感覚を失っています。そして作っているものを見ながら判断をしていくということに慣れることが求められます。プロジェクト部屋があることはそういった意味でも大切な要素です。また、彼らに従来のアプリをストップさせることを判断させたことも大切です。DXという名の下、新しいものを世に生み出す企業は多いのですが、その際に古いものも残っている場合があります。完全に刷新させたことは素晴らしいです。」

巻き込み方についても社内だけでなく、社外に目を向けた方が、最終的には社内にも影響することについて触れました。

「進捗の共有も、オープンであることが大切です。DXのプロセスを社内だけでなく、社外にもブログなどの形にしてシェアしていくことです。このように外部にシェアしていくと、もちろん広報的な効果も、リクルーティングにも効果が期待できますが、それよりも副産物として、経営層も自分のデジタルチームが何をやっているのか?を簡単にインターネットで調べて様子がわかることにも繋がります。また、彼らが外部の人と話す時にも話題に上がったりもします。特にデジタルの知識がなかったり、DXについて不安に感じている経営層であればあるほど、不安を解消させるためにも、できる限り様々な方法で情報に接する機会を増やして上げることが大切です。」

JR東日本の松本氏からは、DXの小さなムーブメントをどのようにしてスケールさせていくのかについて質問がありました。

グリーンウェイ氏からは大切なのは、JR東日本のアプリの例のように、実際にプロジェクトを複数回しながら、その学びをスケールさせていくことであるとの話がありました。

「実際にデジタルプロダクトを世に出していくことで、チームは学んでいきます。そして、何がGoodな状態なのか?を理解できるようになります。それをデザイン指針として共有することが大切です。デザイン指針と言っても、見た目上のデザインガイドや、使うべきコードではなく、チームがどのようなスタイルで働くべきか?などのビヘイビア(行為・行動・御作法)について言及したものです。例えば、英国政府のDXを担当した際に、私たちはサービス・スタンダードというものを作りました。これは新しいサービスを世に送り出す際に、クリアすべき点が記載されています。例えば、チームに特定のスキルセットや機能が備わっているのか?、特定の働き方ができているのか?などです。また、顧客にどのように接すると効果的なのか?などもサービスを出すことで学びは溜まっていきます。これらを他のメンバーと幅広く共有していくことで、他でデジタルプロジェクトを進める時にゼロベースからのスタートにしないようにすることも大切です。」

日本の企業が価値のあるDXに取り組むために

パブリックセクターの英国政府でも、大企業のJR東日本のケースでも、まずは小規模でも良いので、社内に「チーム」が形成され、彼らがオーナーシップをとりながら進めていく必要性と、それが長い目で見ると遠回りのようで効果的であると感じたセッションでした。

参加されたオーディエンスからも、「チームを作る必要性を改めて認識しました」「DXを実施する上で、当たり前としてこと言われていることを、当たり前にちゃんとやらないといけないだと気付かされました」と言った声が多く出ました。

IDEOと英国Public Digitalは、プライベートセクターにおけるDXプロジェクトで提携しております。何かご質問があればtokyo@ideo.comまでお問合せください。


*Hertzの例

北米レンタカーサービスのHertzが、DXの一環で、新しいCIOのもと、顧客向けウェブサイトおよびモバイルアプリのリニューアルを多額の金額(2016年~2018年にかけて3200万ドル(約34億円))を投じて外部コンサルティング会社を入れて実施したが、当初の予定通りに世に出ることなく、結果的に2019年訴訟問題にまでなったケース。様々な要因がこの結果を引き起こしたと言われたており(例:バックエンドを担当・理解していた外部パートナーを当初外した。北米市場以外でも使えることやHertzだけでなく買収した2社でも活用できることなど、対応すべき対象範囲が広すぎた。プロジェクト期間設定が厳しかった。外部チームの経験不足など)、一概には言えないが、外部に任せすぎたDX(例:プロダクトマネージャーを外部コンサルティング会社に任せっきりなど)は成功し辛いとされるケースの一例ではある。

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