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日本酒のブランドデザインに込めた作り手の心

Apr 27, 2022

アメリカで学んだデザインで、日本らしさが持つ美しさを世界へ。

日本とアメリカの狭間で

私はそもそもお酒が好きです。東北の秋田県で生まれ育ったので、日本の米文化・酒文化は私の細胞の中に深く浸透しています。少し市街から外れると広がる田園風景と、季節毎に移り変わる田んぼの表情・匂いは私の大事な原体験のひとつです。祝いの席にはお酒が必ず出て、杯を交わしながら大人が賑やかに話しをしているのを見て、子供ながらに「お酒は楽しいもの」だと感じていました。また五穀豊穣を願う竿灯まつりは、東北を代表する夏の風物詩でもあり、稲穂を模した何千ともいう柔らかい提灯の灯りが夜の町に揺らぐ光景は、是非一度は見てもらいたい日本を代表する文化です。

現在私はIDEO Tokyoでコミュニケーション・デザイナーとして働いていますが、デザインの基礎はアメリカで学びました。在学中も、卒業後も、海外のデザイン会社で仕事をする機会に恵まれましたが、日々さまざまなグラフィックを作る中で感じたのは、同僚のデザイナーたちの作品に比べて、自分が表現するモノはどうしても日本的になることでした。海外のデザインに感化されながらも、水のような、空気のような、すっと入り込んでくるアジアのデザインに惹かれている自分がいました。日々違う表現に触れる中で、自分の中で消化して出てくるものは、自然と自分のルーツに近づいていく。日本社会に馴染めずに飛び出した私ですが、故郷である日本との強いつながりを感じました。

アメリカでは多種多様なバックグラウンドの同僚と働き、さまざまなデザインに触れた。

その一方で常に葛藤があったことも事実です。日本でデザインを勉強してきた人たちが表現する日本らしさに本能的に魅力を感じるものの、私には日本でデザインを学んだ経験がありません。原体験は日本ですが、デザインの手法は海外で身につけたため、どうしても日本的になり切らない。ある意味でどっち付かずの状態とも言えます。

IDEOで働くようになってからも、そんな葛藤を抱えていた中、日本酒応援団のリブランディングの話が舞い込んできました。何かデザイナーとしてのきっかけを掴めるかもしれない。ワクワクする気持ちがある一方で、「日本酒」という日本文化を代表するものを扱うことに、プレッシャーも感じていました。

お酒作りに関わる人たちとの結び付きを大事にしながら、生産者に還元したいという強い想いに惹かれた。

「応援」したくなったきっかけ

今回のプロジェクトの依頼は、日本酒応援団のリブランドとそれに伴う商品パッケージの作成です。日本酒応援団は、全国各地の蔵とパートナーシップを結び、自社オリジナルの無濾過生原酒を醸造、提供しているブランドです。今後、海外のマーケットを目指す上で、世界に通用するようなブランドにしていきたいということで、お話をいただきました。

日本酒応援団は、それぞれの蔵・地域との結び付きが非常に強い会社で、酒造だけではなく、お米の生産者たちとの関係性も大事にしています。代表の古原忠直さんからビジョンやミッションを聞いたときに、「思い」と「ストーリー」がしっかりとあると感じました。ビジョンやミッションが形式化している中で、それが実際に実践できている会社はそこまで多くありません。

新たな名前には、お酒が作られる地域と、お酒作りに関わる人たちとの関係性を大事にするKinship(親しい関係・関連をもつ)、そして日本の美しい文化を表す”美”(み=Mi)

この二つを合わせて”KINMI”と名付けました。

リモートでも人々の想いに触れられた

本来であれば実際の蔵に出向いて、酒造を囲む環境を観察したり、そこで働く人たちと話したり、蔵の中の様子を書き留める様なリサーチをしたかったのですが、コロナ禍だったためそれが叶いませんでした。そこで非常に助けになったのが、KINMI(旧名:日本酒応援団)のYoutubeチャンネルにあるオンライン酒蔵ツアーでした。酒作りのプロセスを丁寧に説明しながら、米作りに携わる方々や酒造で働く人々の思いも知ることができる。そんな優良コンテンツが満載のチャンネルです。

特に印象に残っているのが、国東の「萱島酒造」の元蔵人で、現在は米生産者として働かれている岡泰弘さんのエピソードです。岡さんが家業の農業を継ぐために萱島酒造を退職することになった際、萱島社長と交わした話が紹介されていました。地域を支えていくという大きな目標を持ち、米作りという新たな挑戦に挑む岡さんに対して、萱島社長は「お前が作る米は全部持ってこい、俺の所で買って作ってやる」と言ったそうで、この激励の言葉に心強さを感じたとおっしゃっていました。

この話だけでもお酒が一杯やれてしまいそうですが、お酒が作られている舞台裏ではこのような思いとストーリーが絡み合って、それが日本酒としてカタチになっている。それを、日本酒応援団という媒体を通して世界に発信していかなくてはいけないのだ、と感じました。

日本酒応援団のコンテンツで、リモートでも生産者の想いやストーリーに触れられた。

伝統に寄せず日本らしさをデザインする

日本らしさを担保しつつも、伝統に寄せすぎないデザインを作るのは終始課題としてありました。

様々なボトルを店頭で見ていると、競合他社のアプローチは大きく2つの流れに別れています。一つは、蔵の歴史を生かしてそれを前面に押し出し、直球的な日本の伝統スタイルを具現化するやり方。有名な書家の方たちに一筆お願いし、それをボトルのセンターに。日本酒応援団自体は歴史も深くなく、あくまでも地域を押し上げる媒体として機能すべきなので、最初から選択肢として外しました。

そしてもう一つは、一見するとナチュラルワインのようなラベルのデザイン。日本の人たちにとっては意外性があり面白いかもしれませんが、海外のマーケットに目を向けるとどうしても日本らしさが圧倒的に無くなってしまう。今回のリブランディングは海外マーケットへの進出が大きな目的の一つだったため、日本のお酒だと理解してもらうことは絶対的に外せない条件でした。

その上で、全国にある5つの蔵、それぞれの個性がしっかりと立つようにデザインをする事も、ブランドのビジョン・ミッションを体現する上で大事なポイントです。これは日本酒応援団が既に行っていたリサーチ、そして既存のラベルデザインの意匠からインスピレーションをもらいながら、アイコニックなものになるようにデザインを進めていきました。NOTOのラベルでは能登の豊かな里山里海の風景と、日本海の海の幸に合う味わいを表現。NAGAOKAは日本を代表する長岡花火を意識して、大きく夜空に輝く花をラベルに落とし込みました。

「新しさ」ということにあまりこだわらず、むしろ日本酒のもつ世界観は踏襲しつつ、幅広い層に共感してもらえることを意識しました。より親しみを感じてもらい、現代の生活にも馴染めるようなものに。それと同時に海外でも日本というオリジンを感じ取ってもらえるものになったと自負しています。

それぞれの蔵の個性がしっかりと立ちながら、伝統に寄せずに日本らしさを表現。

アメリカで学んだ自分が表現する日本らしさ

表層的に日本を表現したものがまだまだ溢れている海外のマーケットですが、国籍を問わず本当に良いものを見分ける力は潜在的に備わっていると感じています。だからこそ本当に良い日本らしさを伝統的なアプローチに寄せすぎず伝えたいという思いは強かったです。

当初は日本らしさを代表するものを扱うことにプレッシャーも感じていましたが、幼い頃から日本酒が身近にあり、海外でデザインを学んだ自分だからこそ、日本酒が持つ日本らしさというのを本質的に表現することができたと思っており、デザイナーとして今回のプロジェクトに関われたことをとてもありがたく思っています。

そして何より大切にしたかったのは、日本酒作りのプロセス、それに関わる人たちの心の美しさであり、それをデザインに宿らせることです。今回のプロジェクトを通じて表現できたものはその片鱗にすぎないのかもしれませんが、これからのKINMIの取り組みを通して、その美を世界に伝搬していくお手伝いができるのを楽しみにしています。

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