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トム・ケリーが語る パンデミック後のクリエイティブ・リーダーシップ

Jun 7, 2022

4月14日、IDEOのパートナーであるトム・ケリーが約2年ぶりに来日しトークイベントを開催しました。テーマは、「パンデミック後のクリエイティブ・リーダーシップ」について。パンデミックによって大きく変化した世界において、どのようなリーダーシップが求められているのか。トムが拠点とするシリコン・バレーで経験したこと、そして日々のオンライン会議を通じて感じた東京の状況を踏まえて、日本のリーダーたちがクリエイティビティによって組織を率いることの重要性を話しました。以下5つのアイデアは、このパンデミック後の世界において、変革を生み続けるクリエイティブなリーダーになるための重要な視座を与えてくれます。

1.「学び」の促進に改めてコミットする

現在の世界において、学習の重要性はより一層高まっています。例えば、恐竜はおよそ1億年もの間、地球上を支配した種でしたが、ついには絶滅してしまいます。恐竜たちは、他の種との競争に負けたわけではありません。彼らの適応能力を超えるような環境の変化が起こったことで、地球上から姿を消したのです。

現在の私たちにも同じことが言えます。世界は驚くべきスピードで変化していて、変化に少しでも遅れを取れば、毎日少しずつ置き去りにされていきます。学習を通じて変化をし続けなければ恐竜のように市場から姿を消してしまうのです。リーダーとして、チームメンバーに毎週聞いてみてもいいかもしれません。「今週は何を学びましたか?」。自分が学んだことを話す習慣をつけることで、彼らも何か新しいことを学ぶ姿勢が身につくでしょう。

私たちのクライアントである日本事務器株式会社(以下、NJC)は、IDEOと一緒に会社全体での学習に取り組み続けています。最初は経営層によるシリコン・バレーへの学習ツアーを実施。その後IDEOと一緒にプロジェクトに取り組み、社内にデザイン思考や人間中心デザインの有用性を示しました。また、100名以上のさまざまな部門の社員に対しDT Campを実施し、デザイン思考を学ぶワークショップや、IDEO Uのコースにも社員が積極的に取り組んでいます。NJCは2024年に100周年を迎えますが、それでも企業全体で学び続けているのです。

また学習において、メンターシップは大きな役割を担います。しかし現代においては、師弟関係のように年上の人から学ぶだけではなく、自分が知らないことを知っている若い人たちから学ぶ「リバース・メンターシップ」の関係性を持つことにも重要な意味があります。Web3.0、メタバース、TikTokなど、世の中の新しい事象について、彼らから学ぶことは、変化の激しい時代において極めて重要な姿勢です。

2. 世代を超えるリーダーシップ

Z世代、もしくはGloyo(Global Youthの略)や、さとり世代などと呼ばれる新しい世代が世の中に出てきています。これは世界全体で起こっている現象で、彼らは人生のほとんどをインターネットを使いながら生まれ育っています。IDEO TokyoでもZ世代に関するプロジェクトはいくつか経験していますが、彼らはこれまでの世代と全く異なる価値観を持っています。Z世代は100%デジタルで、広告を見たがりません。同世代が正直に語ることを信じます。彼らを採用しようとすれば、「企業のパーパスはなんですか?」と聞かれるでしょう。社会的な問題に対してどのようなスタンスを取っているのかについても聞かれるかもしれません。こうした質問にきちんと答えられなければ、彼らは入社しないし、入社しても転職してしまうかもしれません。

新たな世代に向けて行ったプロジェクトとして、米国のPNC銀行と開発したVirtual Walletの例があります。私たちは、当時社会で存在感を増しつつあったミレニアル世代に向け、新たな金融サービスの開発に取り組みました。この世代は、テクノロジーに精通している一方、明日、明後日のことに注意を向けない傾向があることを踏まえ、カードの引き落とし日の後には食費を確保しておかなくてはならない、といったパーソナルな情報を事前にアラートできるようなシステムを開発しました。

このように、新しい世代の顧客は全く違った価値観を持っており、彼らは顧客を深く理解することで、現代に合ったサービスを提供することができたのです。

3. 自らのアイデアを明るい将来像と共に描き出すこと

社内外のステークホルダーはビジョンを知りたがっています。彼らの心を捉える上で、データももちろん大事ですが、自分のアイデアを周りの人に伝えるためには、それをストーリーにまとめる必要があります。これを上手く取り組んでいる例として、Plentyという企業があります。彼らは「垂直農法」の会社で、室内で縦型の農場を作っています。2億ドルのファンドをもらいました。今までと違う農業のビジョンを持っているCEOは、長い間変化していない農業の分野で、全く違うやり方に取り組んでいます。彼は周囲の人々をワクワクさせるために、従来の農業に比べて、使う水が圧倒的に少ないことや、必要な土地の面積が少ない、というデータをストーリーで伝えます。例えば、「従来の農場はサッカーフィールドほどの面積が必要だが、私たちのやり方では、ゴールエリア分の面積だけで足りる」というようなメッセージです。

これはストーリーを言葉で語った例ですが、時には具体的な絵を描くことが効果的なこともあります。例えばIKEAとの取り組みでは、彼らが未来に作り出したい世界を伝えるために、冷蔵庫にある食材を置くと、それに基づいてレシピを机上に表示し、栄養素も教えてくれるようなテーブルのプロトタイプをミラノサローネで発表しました。このテーブルはIKEAらしく木で作られていながら、未来的でもあり、社内外が持つIKEAのイメージに大きな変化をもたらしました。未来発想を持った企業であるというこのストーリーは、社外からの見方を変え、社内のモチベーションを高めたのです。このように、アイデアを持って未来像を描くということは、社内外にとって大きな意味があります。

4. 起業家のように考える

IDEO Tokyoも携わるベンチャー・キャピタルであるD4Vを通じて、スタートアップと話すチャンスがたくさんあります。そこで学んだことは、彼らの「ピボット(方向転換)」する速さです。さまざまなしがらみや制約がある大きな企業では難しいですが、スタートアップではこれが可能です。例えば、Eメールをベースとした決済システムを提供しているPaypalの例があります。彼らは創業初期の14ヶ月で、4回もビジネスを方向転換しました。最初はモバイルデバイスの暗号化に始まり、その後携帯電話での金銭取引を実現。さらにはPalmPilotでの金融取引を行ったのち、最終的にEメールをベースとした決済システムを作り上げました。今のアイデアは十分ではないとわかった瞬間、それに固執せずに方向転換をする。3年後、PayPalはIPOで15億ドルで買収され、現在の時価総額は2,000億ドルを超えています。大きい企業で働いている方々はピボットが難しいかもしれませんが、起業家のこうした姿勢から学ぶことはできます。

たとえば、三井物産は、IDEOとともにインキュベーション施設を東京に作りました。Moon Creative Labと呼ばれるこの施設では、三井物産のどの従業員も、ベンチャー・キャピタルにアイデアをピッチできます。そのアイデアに価値があると判断されれば、出資をしてもらえるのです。会社に所属しながら、新事業を立ち上げることができるという考え方です。IDEOはブランドステートメント作成など立ち上げに関わり、複数のプロジェクトもサポートしてきました

その後Moon Creative Labは、起業家精神溢れるPalo Aaltoにオフィスを作りました。これまで65個のアイデアが社内から出て、現在18のベンチャーが生まれています。きちんと利益にもつながっているのです。この取り組みがなければ、会社を離れて企業していた人々が、会社に残ってくれたのです。そして、社内全体に「我々は起業家マインドセットを持った会社だ」というメッセージを発信することができました。大企業でも起業家精神を養うことは可能なのです。

5. Pushではなく、Pullで組織変革を起こす

Push型とは、自分のアイデアを押し通していくやり方です。抵抗勢力が生まれる可能性が高く、それでもこちらのアイデアを押し付けます。彼らはいやいやながらついていきますが、心の奥底には抵抗する気持ちがあるかもしれません。Pull型はこれと全く逆のやり方です。彼らはアイデアにワクワクして、自分から参加したいと思うようになります。Pull型に取り組むことができれば、全く違う変革の作り方ができます。

シネフィルの私のお気に入りの映画の一つとして、The God Fatherがありますが、これを監督したフランシス・フォード・コッポラ氏にブエノスアイレスで5分だけ会う機会がありました。私は自分が考えているさまざまなアイデアを話すと、彼は「毎日クリエイティブな人と仕事をする中で学んだことは、彼らに何をすべきか言わないことです。自分でアイデアをもって何かを始め、彼らをその「パーティ(取り組み)」に呼び込むことが大事なんです」と言いました。これこそ前にPull型のやり方です。日本はヒエラルキーが強いので、言えばやってくれるかもしれませんが、それでは創造的に、熱意を持ってやってくれないかもしれません。逆に本人が望むようになれば、心を込めて関わるようになるのです。

では、組織の中でどうやってこれを実現するのでしょうか?小さなアイデアを組織の中でスケールアップさせていくことが重要です。ペルー最大の消費財企業であるAliCorpは、IDEOとこれに取り組みました。彼らはまず戦略を立て、機会領域を探りました。その中からより可能性のありそうなものを2つ選び、スプリント型の短期プロジェクトを実施。3週間〜6週間のプロジェクトで、デザイン思考を使って、変革を生むことができるか取り組んでみました。その結果を元に、「灯台(ビーコン=IDEOでは組織の変化を象徴するようなプロジェクトをビーコンプロジェクトと総称している)」となるような12週間のビーコンプロジェクトに取り組みました。このプロジェクトの成功は極めて重要なので、厳選して取り組みました。途中方向転換もありましたが、結果は成功。他の部門もその結果を見て、自分たちもビーコンプロジェクトのようにデザイン思考を用いて取り組みたいと言い始めたのです。彼らはデザイン思考に興味があるわけではないのです。ただ単に「デザイン思考を取り入れよう」と言っても、彼らは懐疑的になるだけでしょう。彼らは結果や成功に関心があり、ビーコンプロジェクトを見ることで、皆が組織変革に前向きになっていったのです。

まずは小さくてもいいので何か指標となる結果(=コッポラ氏の言うところの"パーティ")を生み出すことが重要です。それが、他の部門を呼び込むことに繋がり、彼らも新しいアプローチに取り組み始めます。そうして組織に新たなアプローチが浸透した後で、ITシステムやツールを整備していくのです。こうしてみんなの変革意欲を生み出すことができます。


新型コロナウイルスの感染拡大から2年以上が経ち、私たちの生活やビジネス、働き方を含め、社会は大きく変化しました。こうした新しい環境に慣れつつある一方で、世界は未だ先行きが不透明であり、日々変化を続けています。こうした状況にあって、トムが提示した5つの視点は重要性を増しています。クリエイティビティをもって組織を導いていくことは、今の世界を生き抜くための一つの可能性と言えるでしょう。

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